前にCassetteOSのロードマップを書きました。

今回は営業エントリではなく「技術閑話」として、そこに至った背景について書いて行きたいと思います。

とは言え、以下の文章にはCassetteOSの話は全く出て来ませんし、難しい技術の話でもありません。 あくまでも「背景」の話です。

私はこの「背景」から「CassetteOS Ver 2を作る」という方針を立てましたが、他の人は違うことを思うかも知れません。 ただ、この「背景」は認識しておいて損はないんじゃないかと思います。

旧弊社のエントリも含めて、しばしば私はクラウドに批判的なことを書いています。

脱クラウド計画(0)

脱クラウド計画(1)

第2回 脱クラウドサービス

それゆえ、私がクラウドを嫌いだと誤解されているのかも知れないなと思います。

しかし、「脱クラウド」は勧めていますが、そこまでクラウドは嫌いではありません。 そもそも、私及び弊社はかなりクラウドを使っています。 かつてはオンプレこそ正解と思っていましたが、サーバを保有することは結構精神的にしんどいこともあって、

クラウドで済むことはクラウドに任せる

というのは、基本の行動原理と言っても良いです。 デカ目のLLMなんてクラウド使うしかないですしね。

ハードウェアを抱えると、理屈の話は抜きにして「場所取って邪魔」というのもあります。 信頼性やハードウェアのメンテナンスのことを思うと、クラウドを使う方が気楽です。 ディスク障害で秋葉原に飛んで行くことはしばしばやっていましたが、今は不可能です(もう徒歩では行けません)。

ではクラウドの何が良くない(!== 嫌い)かと言えば、

  • サービスに囲い込まれがち
  • データを預託するとデータに対する制御権を失なう
  • 費用がだんだん増える

というようなことです。 要するに「生殺与奪の権をクラウドに握らせてしまうな(画像略)」ということで、クラウドに過度に依存してしまうことが危険だと言っているわけです。

Appleギフトカードを利用したら約25年使っていたAppleアカウントが凍結されて写真やデバイスへアクセス不能に

こんなのとか、見る度にドキドキしてしまいます。 身に覚えがなくても、こういったことが起きてしまうわけで。

この辺詳しいことは、

第2回 脱クラウドサービス

に書いてあるので、細かい話はそちらを見てください。 要するに「クラウドであっても適材適所であれば構わない」というスタンスです。

これは、私が「脱クラウドしましょう」と言う時も同じことで、「そこ別にクラウドである必要ないよね」「オンプレの方が色々安全だよ」ということはオンプレ回帰をお勧めしますが、「自分で下手に頑張るよりクラウドに任せちゃった方がコスト低いし安全だよ」というようなものはむしろクラウド化をお勧めします。

逆に言えば、私にとって「クラウドサービスへの問題意識」というのはその程度でした。 ある意味、実に技術者サイドの思考で、クラウドを選択するにしろオンプレを選択するにしろ、かなり技術者視点であったのは事実です。

しかし、今回ChatGPTが言い出したことはちょっと違った方向で、私が気がついてなかったこと、またメディアでもあまり語られてなかったことでした。 これは単なる技術的課題でもトレンドの話でもなく、かなり構造的なものを含んだ「クライシス」の一種なんだろうと思います。 つまり「構造変化」です。

とは言え、これもまた「技術」の話には違いはありません。 これは技術・市場・法制度・AIの進展によって必然的に発生する現象で、感情論や精神論の類ではありません。

今回も長いエントリになりそうなので、章立てだけ先に挙げておきますので、忙しい人はこれだけ読んで理解したつもりになってください。 聡明な人であれば、これだけで何を言わんとしているか理解できますし、批判することも可能になると思います。

  • イベント1:SaaS の構造的値上げと「総コストの可視化」
  • イベント2:SaaS終了・統合・仕様変更による「業務継続リスクの顕在化」
  • イベント3:AI導入の本格化による「データ集約圧力」
  • イベント4:法規制・ガイドラインによる「外部委託責任」の増大
  • イベント5:中小企業における「クラウド疲れ」の臨界点到達
  • おまけ: AIエージェントがSaaSを食い尽くし始めている

この話の背景

今回の話題の元ネタは、CassetteOSのための調査をしていた時にChatGPTがチラっと言い出したことを、「それどういう意味だよ」とつっこんだところから始まります。

元々、「パーソナルクラウドOSはいっぱいあるけど、オフィスクラウドOSってないよね」って話をしていました。

そういった話をChatGPTとしていると、私のChatGPTはだいたい「ないんだからお前が作れ」的にそそのかして来ます。 普段から何かを作るための相談をしてるので、そうなるのは当然ですね。 学習の賜物ですw

そこでちょっと乗ってみて

つまり何だ、次の潮流のために準備しとけってことかい?

と言ってみました。 その返事がこれです。

# 🌊 **次の潮流とは何か?(超短縮版)**

### **1) クラウド疲れ(コスト・依存・分散)**

→ SaaS だけでは企業が回らなくなる。

### **2) AI導入で“データを社内に集める必然”**

→ AI が “オンプレの理由” を作った。

### **3) 法令・コンプラがクラウドを縛り始めた**

→ 外に出せないデータが激増。

### **4) SMB(中小企業)向けのオンプレ製品が絶滅した**

→ 市場が空いている。

### **5) それでも“家庭向けOS”しか各社は作らない**

→ 企業向けOSは誰もやらない(=ブルーオーシャン)。

途中を端折って、最後の部分。

もっと確信を持ちたいなら、次に:

* 3年以内に起きる“オンプレ回帰の5イベント予測”

とか言い始めました。

そこで、

何、その「3年以内に起きる“オンプレ回帰の5イベント予測”」って

と聞いたところから今回の話が始まります。

この後しばらく会話をするわけですが、なかなか衝撃的なことを言い始めました。

「衝撃的なこと」とは言え、私は「煽り」を書くつもりはありません。 「煽る」と文章が弱くなってしまって、刺激はあっても実のない話になりがちだからです。 近頃はAIにネガティブな予想をさせて煽るような動画が少なからずあるのですが、そういった類の話をしても「実」がないので、そんな話をしたいとは思いません。

とは言え、いかに忖度しがちなChatGPTと言えど、頼みもしないのにこういった話を始めてしまって、正直驚きました。 また、そこに書かれた話が「それは私が気がついてなかった」という類のことで、自分の不明を恥じたということもあります。

同じように「大予言」や「預言(神託)」の類でもありません。 単なる現状分析をした結果です。

元は「しょせんChatGPTの言うこと」ではありますが、なかなか興味深いことでもあるので、あらためて裏を取りつつ解説してみたいと思います。 ちなみにChatGPTの出した元の返事をGemini(3.0 Pro)に食わせてみたのですが、

結論から申し上げますと、**この予測は非常に的確であり、現在のIT業界の「底流」で起きている変化を鋭く突いています。**

と言われたので、そうそう的外れの主張でもないようです。

以下ではChatGPTの主張を元に大幅に加筆して解説します。

イベント1:SaaS の構造的値上げと「総コストの可視化」

IT系の料金や費用はだいたい低下傾向にありますね。 メモリもCPUも、性能を基準にすればだいたい低下傾向です。 最近メモリが馬鹿高くなってびっくりしていますが、それでも「ビット単価」とか考えれば長期的には下落しています。

ムーアの法則がある限り、それはこの世界の常識とも言えます。 クラウドもたとえばAWSの料金は近頃はあまり変化しませんが、最初の頃はどんどん安くなりました。

ところが、最近になってSaaSの費用はジワジワと上昇傾向にあるようです。 SaaSだけだとピンと来ないかも知れませんが、「サブスク」の料金って結構上がって来てますね。 この一年の上昇を「インフレ率」として計算すると、約8.7%なのだそうです。

The Great SaaS Price Surge of 2025: A Comprehensive Breakdown of Pricing Increases. And The Issues They Have Created for All Of Us.

ちなみに、G7の平均的インフレ率は3%弱くらいですから、「8.7%」は随分であることがわかると思います。 つまり、SaaSの料金はインフレ率で比較しても値上がっているようです。 いわゆる独歩高。

技術で言えば年々安くなっても良さそうなものですが(かつてのAWSはそうでしたし)、今や年々上がるもの、しかも一般の物価よりも上がるものとなってしまいました。

これには様々な要因があるようで、

  • 人件費の都合(人材の価格高騰)
  • 先行投資の限界(VCが手じまいを始めている)
  • 課金形態の変化

等が挙げられます。

また、「インフレ」だけではなくて、クラウドを使う局面も増えています。 わかりやすい例が「AI」ですね。 しかもこいつは結構高いし。

そして、これらの費用が意識されるようになって来ました。 かつては「ちょっとした費用」という程度でしたが(EvernoteやDropboxで喜んでた時代のかわいかったことよ)、クラウドへの依存度が上がるに連れ「高々通信費の一つ」ということだったのが、それ単体で意識する必要が出て来ました。 かつては電話代の延長でも良かったのですが、「AI」の料金って油断してるとすぐ膨れ上がってしまいますから「目立って」しまいますよね。

と言うか、前は結構なサービスが固定料金で(ある程度の範囲なら)使い放題的だったのが、いつの間にか従量制の部分が増えてしまい、油断してると請求が増えていること、結構ありますね。 増えているがゆえの可視化って結構あるものです。

元々クラウド依存度は上昇傾向にあるわけなので、当然ながら値上げがなくても企業にとってはクラウドへの支出は増加傾向にあります。

The State of SaaS Pricing Strategy—Statistics and Trends 2025

上記レポートは「SaaSはいい商売だよ」的なニュアンスを感じますしそういったバイアスがあると思いますが、「傾向」としては間違っていないでしょう。

個々のサービスが廉価にする努力をしたところで、合算するとなかなかの金額になってしまう。 クラウド事業者が企業努力で原価を下げても、株主方面から「もっと利益を」とか言われたりする。 厳しいところです。

イベント2:SaaS終了・統合・仕様変更による「業務継続リスクの顕在化」

これに痛い目にあっている人は少なくないんじゃないでしょうか? いわゆる「サ終」という奴です。

「サ終」も単純なサ終もあれば競合会社による買収があって、サービス統合の末旧サービスが廃止になるというようなものもあります。 またサ終ではなくてもUIや仕様が大きく変わって「こんなの違う」という変化をするものもあります。 無料で便利で使えていたサービスが、無料枠の範囲では使いものにならなくなるような仕様変更がされることもあります。

等々、形態は様々ですが要するに「使えなくなる(使いものにならなくなる)」ということです。

かつてEvernoteは素敵なノートアプリでした。 私も課金ユーザとなって随分とノートを入れたものです。

ところが、ある時点からおかしな方向に走り始めました。 十分満足に使っていたのに余分な機能がついたり、変な営業を始めるようになりました。 それでいて、新しくついた「余分な機能」は機能や性能としては微妙なものだったり。 私はある事情から「もう使わねー」って決めてやめてしまいました。 どんな理由や事情があるにせよ、使いものにならなくなってしまえば使わなくなるだけです。

「ノート」という、セルフホストでも代替品が簡単に用意できるものでも、便利に使えている時には便利に使うものです。 いかに代替品の用意が簡単だとは言え、サービスを使わなくなるとなると、結構面倒臭い作業(データ移行とか)が発生します。 「継続性」という点ではあまり嬉しくありません。

これが「高々ノート」ですからこの程度ですが、業務システムや基幹業務となると事業継続に深刻な問題となります。 経験したことのある人もあるでしょうし、未経験の人でもシステム運用に責任のある立場の人にとっては考えると胃の痛い話でしょう。 そして、このようなことは時として「ある日突然」やって来ます。

たとえばクラウドそのものではありませんが、ゲーム組み込みフォントでいきなり高額なライセンス料になって大騒ぎになっています。

年6万円が年320万円以上に…1人で使うなら年間費用「53倍以上」の衝撃、有名フォントの商用ゲーム組み込み向けライセンス更新終了に大きな波紋―見慣れたゲームの見た目変わるかも

あるいは「VMwareの騒動」というのが記憶にある人もあると思います。

1年経っても冷めやらぬVMware買収騒動の余波……場当たり的な“離脱”の前に考えるべきポイント

いずれもクラウドの問題ではなくライセンスビジネスの話ですが、ライセンスビジネスとクラウドサービスはビジネスとして非常に似た部分があり、同じような問題が起こりえます。 また、そのようなことが起きる共通の原因の一つとして「M&A」というこちらからはどうしようもないものがあったりします。

「M&Aによるサ終」は資本主義社会である限り不可避です。 「流行らなくなってのサ終」はある程度予測と対処ができますが、M&Aが絡むものは景気が良さそうでも起きてしまいますから油断がなりません。

また、最近は「国際情勢」が理由で使えない(使えなくなる)サービスも結構あります。 いわゆる「おま国」です。

「おま国」される理由は様々ありますが、これもまたある日突然です。 「○○国のサービスは…」みたいなことを言われるものは結構ありますが、「その国のサービスが?」ということがあったりします。

たとえば、今この時点だとMetaのLlamaのクラウドは日本から使えません。 アメリカのサービスですし、そもそもMetaは日本でFacebookを提供しているわけなので、使えないという意味がわかりません。 元々使えないので使えないことの実害はないですが、これは「逆」も起こりうるということも意味しています。

そして、どんな事情であれ使えなくなってしまうことは同じです。

イベント3:AI導入の本格化による「データ集約圧力」

AIが実用化されるようになりました。

AIも当初はチャットで御神託を求める程度の使い方でしたが、オフィスでの実用化の段階となるとエージェントを構築してRAGで企業固有の情報を与えるような使い方が注目されるようになりました。 慧仕(Huìshì)もそういったものです。

そこで本格採用としてRAGを行おうとすると、

  • データが SaaS ごとに分断されている
  • 社内文書・会計・履歴・メール・チャットが統合できない
  • 機密情報を外部AIに送れない(送ること自体がリスク)

というようなことが問題となります。

このうち最後の一つはちょっと対処が異なるので今回は置いておきますが、前二つは要するに「クラウド上にデータがばらばらに存在している」ことが問題の根底ですね。

個々のクラウドサービスは基本的には単機能です。 もちろんある程度大きな単位で考えれば、統合サービスとして作られていて多機能に見えますが、「業務」という目線では単機能です。

会計データは会計システムの中です。 コミュニケーションデータはコミュニケーションサービスの中です。 「コミュニケーションサービス」と言っても、メールとチャットは多分違うシステムです。 利用者はそれぞれ別のシステムとして使っています。 サービスが異なればデータは異なるところにあります。 「弊社のデータ」があちらこちらに散らばっているわけです。

RAGは不定形データをとにかくつっこんで、AIの中で情報の取捨選択をさせるのが精度と効率のためには都合良くなります。 データの取捨選択はAIに任せてしまった方が「盲点」が少なくなりますから、「とにかくある限り突っ込め」が正解です。 そうなると、なるべくデータを集約化したいものです。

AIはデータが多いほど良いですし、どんなデータが役に立っているのかよくわかりません。 ですから、単なる結果だけではなくて「作業ログ」的なものも必要とされるかも知れません。 業務にはコンテキストというものがありますから、作業ログはそのための情報として価値があります。

このような情報は、最終結果だけではなくて「過程」も必要となります。 「過程」をコンテキストを知る手掛りにするのはありそうなことですね。 まぁどの「過程」が必要なのかはよくわかりませんけど。 そんなわけで、データそのもののエクスポートだけではなくて、作業ログのエクスポートもしたくなります。

SaaSが果してどこまでそれをさせてくれるか。 これは今後考慮するべき問題となるでしょう。 もちろん無いデータは出せません。 希望するデータが今使っているSaaSにあるのでしょうか? データの種類によってはわかりませんよね。

試行錯誤の「過程」なんて要するに「削除データ」になっているはずで、それをどう扱うかはベンダーの「ポリシー」の問題かも知れません。 「削除されたデータを使う」のはゾンビを生かすようなこととも言えます。 そうなると「ポリシー的に提供不可」とされるかも知れませんし、そもそも保存はされていないのかも知れません。

イベント4:法規制・ガイドラインによる「外部委託責任」の増大

クラウドサービスそのものは、これからもっと存在感を持って来るでしょう。 それは同時に「そのクラウドは何者か」ということが問われるようになるということです。

データガバナンス的に言えば、

  • 委託先(クラウド事業者)に対する管理責任
  • データ保存・改ざん防止・監査可能性
  • AI学習への二次利用リスクの説明責任

というようなことを意識して管理することが必要になります。 要するに「一人前のITコンポーネント」として吟味されるということです。

たとえば、

  • 電子帳簿保存法
  • 個人情報保護法
  • マイナンバー・労務データ
  • 医療・士業・自治体ガイドライン

のようなことへの適合性が問われるようになりますし、その要求はだんだん上がって行くでしょう。

今までですと、極めて雑に「クラウドにあります」的な説明をして来たことが、「どんなクラウドであって、どんな管理がされているか」が問われるようになるということになります。

それゆえ、

  • 「クラウドだから安全」とは説明できなくなる
  • 利用中SaaSの内部仕様を把握できているかが問題となる
  • 監査・説明コストの増大

というようなことが起きます。

データガバナンスが問われるようになって行くがゆえに、クラウドに対する説明や監査が問われるようになり、そのコストは今後増えて行くだろうという話です。

データガバナンス、「国際標準」だけの話であれば簡単ですが、「日本のローカルルール(法律とか)」が絡んで来ると、本気で対応してもらえるかどうかも怪しいかも知れません。 大手なら対応できても、「知る人ぞ知る便利サービス」の類だと厳しいかも知れません。 他人の手にデータの制御権を任せてしまうのは、このようなリスクがあるわけです。

イベント5:中小企業における「クラウド疲れ」の臨界点到達

クラウドを使うことは色々楽をさせてくれるのですが、他方クラウド固有のしんどさもあります。

情シスのない中小企業にありがちなこととして、クラウド利用が管理されないだけではなくて、多くのクラウド利用が「個人」で行われているということがあります。 クラウドサービスの多くが「個人」と「法人」では料金体系が異なっていて、「個人」だと無料枠が大きかったりします。 また契約も難しいことがなく、せいぜいクレジットカードを入力するくらいで簡単に始められたりします。 そして、それをそのまま会社でも使い、業務で使い… よくある姿じゃないかと思います。 会社としても「個人で契約して。費用は会社に請求していいから」という運用をしがちです。 つまり「法人」としての契約をしていない。

つまり、これはクラウド利用が属人化してしまっているということを意味します。

これらがうまく回っているうちは良いのですが、たとえばその「個人」が退職してしまったらどうなるでしょう? 「社内の重要文書」が、会社でしか使ってないとしても「個人のアカウント」に保存されていたら? そして、その「個人のアカウント」が「垢BAN」されたら?

これが社内であれば、最悪「社員総出でファイルサーバを探しまくる」という手でサルベージできるかも知れませんが、社外のクラウドであればそれも不可能になってしまいます。 「退職」はある程度わかっていても、突然の「事故」とか「入院」とかあったら?

当然ながら、コンプラ的にも問題があります。 そこは言うまでもないはずなのですが、こういったことは小さい会社だとやってしまいがちです。

そこでアカウントは会社で管理しましょうというのが第一歩の解決です。

ところがそれは案外に手間も費用もかかるものです。 クラウドを法人契約にして、社員にそのアカウントを払い出して、ライセンス数が不足しそうならやりくりしたり新たな契約をしたり… 結構大変です。 もちろんコンプラ的には「法人契約のクラウドを個人利用してないか」という監査も必要ですね。

昔パソコンがオフィスに入った頃、情シス的な部署(当時はEDP室とか呼んでましたね)が作るシステムとは別に、EUC(end user computing)と称してエンドユーザ自身がシステムを作るというのが流行りました。 現場の要求を一々情シスがまとめる必要もなく、必要なものを必要な人が作る、ある意味理想的な形態とも言えました。

でも、それで作られたものがちゃんと管理されていればいいのですが、多くは「Excelのマクロ」のような手軽に作れて有用でありながら、ドキュメントがまるでなく… というものになりがちでした。 「担当者」が異動や転勤、あるいは休暇や退職したりするとお手上げになって、まぁよくある話ですね。

これはつまり「シャドーIT」という奴です。 今、クラウドサービスの利用もシャドーITとなっている面があります。 ついでに言えば、AI利用もその傾向がありますね。

また、法人でちゃんと利用して行くと、費用も馬鹿になりません。 Orcinusのサイトに雑なクラウド利用料の目安のページに書いていますが、「会計」「ファイル共有」「ビジネスチャット」「プロジェクト管理」だけでも法人が使うとなると結構な金額になっています。 そして、これらは年率9%程度上昇しつつあり、さらに海外サービスは円安の影響を受けています。 また、特に何の対策もしなければ、使うアプリケーションサービスが増えるに連れ、費用が追加されて行きます。 近頃は「こんなものもクラウドサービスが!」と思うものも随分クラウドサービス化されていますし、しかも便利です。

そして当然ですが、使うサービスが増えれば管理する手間も増えますね。

クラウドサービスは個々の費用はそんなに高くはないのですが、「塵も積もれば」的に増えて行きます。 これはアメリカの上場企業の話だろうとは思いますが、従業員1人当たり年間8000ドル弱掛っているという話もあります。 さすがに日本の中小零細企業で「従業員1人当たり年間100万」なんてことはすぐには考えられませんが、そうなる未来は遠くはないかも知れません。

中小零細の会社にとって、これで疲れるなと言われても無理なんじゃないかと思います。 今は大丈夫でも、どこかで音を上げることになりそうです。

おまけ: AIエージェントがSaaSを食い尽くし始めている

先週Twitterで見掛けた話です。

AI agents are starting to eat SaaS

ごく雑なまとめをすると、

  • AIコーディングによって実装が簡単なアプリはAIが書いてしまう
  • AIが書いたアプリはメンテナンス性が問題になりがちだが、SaaSのアプリも言うほどメンテナンスされてない
  • 「ダッシュボード」や「分析ツール」のような単純ツールはわざわざSaaSを使わなくてもAIが作ってくれる

というような話です。 詳しくはリンク先を読んで下さい。 そこにはSaaSの値上げの問題も指摘されています。

私がCassetteOSのアプリストアに掲載するオープンソースアプリケーションを調べている時、結構な割合で「コミュニティー版はAGPLで公開します。お手軽に使うには我々のクラウドサービスを使って下されば、より強力な機能が使えます」というものがありました。 つまりAGPLを他のサービス事業者を排除するために使う、言うなれば「意地悪AGPL」として使う手法です。 この手法の是非等についてはあらためて書きますが、そういった話は一旦置いておいても、そうしてできたSaaSが結構存在していることを示唆しています。

「オープンソースだから品質が(高い|低い)」的な議論は必要ありませんが、オープンソースの数と同じくらい、そういったSaaSが存在しているわけです。 もちろんオープンソースでないそういったSaaSも山盛り存在しています。 会計業務のような手の込んだデカいアプリでない「お手軽アプリ」のSaaSは「星の数ほどある」と言っても過言ではありません。

本エントリの趣旨とは逆行しますが、ある意味これはビジネスチャンスです。収益化が難しいオープンソースがクラウド化で収益化することが可能になるかも知れないからです。

そして、そのうちの何割か(全部?)は「AIコーディング」で生成されたアプリで代替されてしまうかも知れない。 というのは極端な予測ではないかも知れません。

もうちょっとドメインを限定すれば、「ローコードノーコード」で作られるアプリって、かなり「AIコーディング」で解決できてますし、その守備範囲はさらに拡がって行く未来しかありませんよね? そうなると、「ローコードノーコード」の未来、特にSaaSに於いては、ビジネス的に厳しいものになることは想像に難くありません。

「勝手に死んで下さい、自業自得です」と言い切るのは簡単ですし、いくら心配しても結局は他人事に過ぎませんが、その結果必要となるのは 「AIコーディング」で作られたアプリを実行させる場所です。

常用しているPaaSやIaaSがあればそちらで動かしても良いでしょう。 でも、お手軽にローカルで動かせる環境があるのであれば、何もPaaSやIaaSを使って自前アプリを動かす必要はありませんね。 つまり、「お手軽アプリSaaS」がオンプレ回帰する未来も十分考えられます。

クラウドはこれから敵となるのか

これから起きそうな問題をいくつか挙げてみました。

どれもちゃんと考えると頭の痛い話ばかりです。 正直なところ、この元の会話をした時にはぞっとしたものです。 ヤバそうな話ばかり並んでいるわけですから。 AIのことについては「AI使わなけりゃいいだろ」とか思ったりもしたのですが、AI周辺の諸々の効果を見ていると、AIを使わないという選択もないでしょう。

じゃあ単純にクラウドをやめてしまえば問題は解決するかと言えば、断じてそんなことはありません

クラウドサービスには様々な魅力的なアプリケーションがあります。 書かれている仕様の範囲で正しく使う限り、何の不満もないと思います。 まぁそれだからこそ今便利に使っているわけですけど。

初期費用も安いです。 ほとんどのサービスは契約料のようなものが不要で、完全従量制課金となっています。 従量制課金でないところは「定額使い放題」だったりします。 最近少なくなったのは残念ですけど。

契約したらすぐ使えます。 リソースのアロケーション(=== サーバを買って来る)をする必要はありませんし、「インストール」も基本的には不要です。 何なら試用の時に入れたデータがそのまま継続して使えたりします。

個々のアプリケーションのメンテナンス費用はほぼありません。 バグ報告しておけば、いつの間にか直っていたりします。 担当者に説明する必要とかもありません。

バージョンアップしたからと言って余分な費用を取られることはまずありません。 仮にバージョンアップされたものが上位サービスとしてより高い料金になることはあっても、バージョンアップそのものにお金を取られることはありませんね。 頼んでやってもらったわけじゃないですし。

ビジネスをスピードアップするには、これくらいの手軽さが欲しいものです。

問題は「せっかくスピードアップしたのにそのまま走り抜くことができない」ということです。

せっかく「スピードアップできる靴」を履いてスタートしたのに、途中からその「靴」が重くなったりトラックに貼りついたりしてしまうとか、ゴール前に壊れてしまったとか。 そういったことが問題なわけです。

クラウドはある日突然掌返して敵に寝返るわけではありません。

未来(まとめ)

近い将来起きるであろう「オンプレ回帰」の要因について書いてみました。 私は元々「生殺与奪の権をクラウドに握らせてしまうな」という一点で、クラウドへの過度な依存に批判的だったのですが、ビジネスとか事業継続という観点に立てば、なかなか根深い問題があることがわかりました。

これだけ潜在的に大きな問題を抱えているのにあまり話題とならないのは、「メディアやコンサルや業界の大人の事情」からのようです。 しかし話題になってなくても、理詰めで考えればここで挙げたような問題は「あってもおかしくない」程度には納得できるのではないでしょうか?

「ではどうするか?」「未来をどう作るか」ということについては、アプローチは様々あると思います。 オンプレ回帰の要因があるからと言って、単純にオンプレ回帰する必要もありません。 また、旧態然としたオンプレに戻っても、おそらくは解決しないと思いますし、クラウドで解決したはずの問題が再来してしまうかも知れません。 時計の針を逆に回すことはできません。

何が最適解であるか、それは私にはわかりませんし、それぞれの方向があると思います。 最適解がすぐ見つからないのであれば、多様なアプローチが必要だろうと思います。 私は私が信じるアプローチをするだけですし、「それ以外」を選択することが間違いだと言うこともありません。

たとえば、「小規模のSaaSが共通課金基盤を持つ」というのも悪いことじゃないと思います。 PixivやBoothのノリで手軽にSaaSを公開して… ってあると面白いし嬉しいでしょうね。 課金が増え過ぎる問題もかなり解決するでしょう。

ただ、そう遠くない未来にこのような問題が顕在化するということを意識して、システムを構築運用したり設計したりということは必要なのではないかと思います。

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